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親父とオフクロとオレの話。5

Posted by 友進 on 16.2012
Category : 家族
仕事も順調に取れるようになり従業員も増え、自分の給料もそこそこ取れるようになると仕事上で付き合う人達も変わっていった。
他のバラシ屋の親方連中や建築屋の社長達。皆それなりにデカイ仕事をしている人達ばかりになった。
月一回は新宿は歌舞伎町にある料亭で飲み会をしたり、それ以外にもゴルフや旅行などの集まり。家族や従業員に申し訳ないと思いながらも、(自分もこの人達のようにならなくちゃ)と、なぜか焦っていた。

ある時、建築屋の社長からこう言われた。
「自分が現場に出てるうちは、まだまだだよ。人を外から動かせる人間にならなくちゃなっ!そうすると自然にでかい金も動かせるようになるから!」
オレは、この時から現場にあまり出ないようになった。
自分の仕事は仕事を切らさないように現場を取ってくる事と従業員達の給料を払う事と、完全に割り切っていた。
だけどこの時から、ウチの会社の歯車が噛み合わないようになっていった。

それまでのウチの会社は、オレも含め皆で現場に行って皆で怒鳴り合って仕事をし、汗を流した後に帰りの車中で皆で缶ビールを飲みながら音楽ガンガンで帰ってくるという最高に楽しい環境だった。
オレの友達がウチの会社にバイトに来て、「シンヤのとこは楽しく仕事ができていいなー、みんなバカばっかでたけし軍団みたいだけどな!」と言われた事もあったし、他のバラシ屋の従業員からは、「友進(社名)さんの会社は皆楽しそうでいいっすね!俺も友進さんに入れば良かったっすよ~」と言われたり、自分で言うのもなんだが最高な環境だったと思う。
しかしこの最高に楽しかった環境を全部自分がブチ壊した。

オレはあの建築屋の言葉を履き違え仕事に出なくなると、従業員達との会話も少なくなっていった。
そればかりか現場が赤字になると、「なんでこんな現場で足がでるんだよっ!お前がしっかりしてねーからだろう!」と、ウチの職長を怒鳴りつけたり、遅刻したら罰金やら、赤字が出たら減給など、厳しい規則ばかり皆に押し付け、次第に皆のオレに対する気持も離れていった。それはオレ自身も感じていたし、会社をでかくする為にはしょうがないと割り切っていた。社長とはそういうもんなんだ。 仲のいい従業員と社長の関係なんてありえないんだ。 無理矢理そういう風に割り切るしかなかった。

こうしてオレはただのバカ社長に成り下がった。そればかりか怠け癖もつき、現場に出れる時でも従業員には「打ち合わせで忙しいんだ」などと言って他の親方と飲みに行ったりゴルフに行ったりと、今考えるとゴミ以下の人間になっていた。
そして極め付けがあのリーマンショックだ。
現場の請負単価も常用単価も急激に下がり、皆の給料も下げなければならなくなった。そうすると次第に皆会社を去っていき、残ったのはわずか5人ほどの従業員達だった。
会社もピンチになり自分も現場で働くようになったが、もう遅かった。

自業自得。  よく分かってる。

結局リーマンショックなんてきっかけに過ぎなかったんだ。 リーマンなんて起こらなくっても、いずれは潰れていただろう。全部自分のせいだ。

そして会社を潰す事になった。   いわゆる自己破産だ。

家も車も売れるものは全部売り払い、結局残ったものは何もなかった。
そればかりか、オレは一緒に仕事を始めた仲間も失い、残る物より失う物の方が多かった。

親父のようにならないようにと会社も法人にし、会社をでかくする事だけ考えていたが、結局オレは親父以下の人間になっていた。
自分で親方として仕事を始めてから10年間。 全て終わった。  


そうして弁護士に相談し、自己破産の手続きをすることになるのだが、まぁ~~~、落ちたね。やさぐれたね(笑)
結局自己破産する為に2年弱かかったのだが、当時はホントに落ち込んでね。落ちるとこまで落ちたって感じかな。人に対するやっかみもあったし、もう自暴自棄の状態が続いてね。 全て自分が原因で事を起こしてしまったのは理解しているのだけれど、やはり落ち込んだね・・。

家を引っ越さなければならなくなり、子供は友達になんて説明するのだろう・・・。とか、今まであった車がなくなり子供達はどう思ってるのだろう・・・。などと考えたり、とにかく全ての事が前向きに考えられなくなってしまってさ。
もう軽い鬱状態かな、何をするにも楽しくなくなってしまい、そんな状態から立ち直った今考えると、笑える行動ばかりとるようになってしまってね。(笑)


自己破産に陥った男の行動(オレの場合)

その1:寝ていると夜中に急に眼が醒め、それと同時に体中がソワソワしはじめと思ったら「ヤバいよ、後ろ髪が伸びすぎてタケ丸のようだよ・・・」とつぶやきながら真っ暗な部屋の中をグルグル回っている。

その2:甲田英司(国生さゆりの旦那)や貞方邦介(ヘリでそばを食べに行く!を自分のキャッチコピーにしている金持ちバカ)の本を、レイプされる若妻のように「ちくしょう・・ちくしょう・・・」と泣きながら読んでいる。

その3:自分のカミさんとセックスする時の(こんな状態だというのに性欲だけは萎えない・・)フィニッシュの言葉が「ごめんね~、ごめんね~~~っっっ!!!」

その4:夜寝るときに、小1になる息子に「ねぇ~、トントンして~・・・」と、オレが甘え調子で言って、子供の膝の上で後頭部をトントンしてもらいながら眠りに着く・・・。

その5:仲間に飲みに誘われて居酒屋で飲んでいると、まだ30分ぐらいしか経ってないのに「オレ、明日朝5時に成田だから・・・」と、ウソをつき突然家に帰る。

と、こんな奇怪な行動ばかりとるようになってしまったのだが、そんな時に支えてくれたのが、周りの友達や家族だったんだ。
電気屋の和泉、ペンキ屋の正太、リフォーム屋のコウジ、ハツリ屋のトミヤス、クロス屋の石井、悪友ナオト、解体屋セイちゃん、菅原君、羽賀、直樹、チエさん、マイちゃん、フミちゃん、小林君、河合さん、田原君、森ちゃん、あかん・・、書き出したらきりがねぇ・・・。 ホントにみんな有難う。
そしてウチのカミさん。 悪いな、こんなで・・。 でもお前や子供達のお陰でオレもまだ頑張れるよ!ありがとう!!

そして忘れてはいけない、  板谷バカ三代  である。
最高に笑ったね。きっかけは何気なく本屋で観た超出禁上等だったのだが、ここから板谷ワールドにどっぷり浸かってしまい、本の魅力にとりつかれてしまった。
一人で電車の中で本を読んでいて笑いを我慢できず吹き出してしまったのは、高校生の時に読んだ稲中以来だった。
活字で人が元気になる。 笑えるようになる。 また頑張れるようになる。 凄い事だ。
自分自身それを体験できたので、オレはそれから色々な人の本を読むようになった。 
今までスコラやデラべっぴんなどのエロ本しか読んだことのない頭の悪いオレがだ。
ある事がきっかけで板谷さんとは仲良くさせてもらっているが、本当に感謝してます。そしてこんなくだらないブログをリンクしてくれて言葉にできません。 本当に有難うございます。



こうして現在に至るのだが、オレは今十分幸せな生活を送っている。
親父とオフクロとオレの話では、少し悲惨な?話を書いてしまったが、結局何が書きたかったかと言うと、人間生きてりゃ何とでもなるという事。オレ可哀相で、大変な人生だろ? みんな同情してくれよ~、なんてドクター中松の発明ぐらいくだらない事は微塵たりとも思ってないから。
金の事で大変な思いをしている人はいっぱいいるだろう。 しかもオレみたいに不真面目ではなく、真面目に働いてるのに騙されて借金を作っちゃったりしてさ。 なってみなきゃ分からないんだよね、金のない辛さって。
正直に言うとね、オレ自身、自分の命の事をどうするか考えなかったと言えば嘘になる。
オレもそのぐらいヘコんでいたから。 ちょうど親友の死にも直面したりね。 
でもね、被災地で子供を亡くしてしまった親や、逆に親を亡くしてしまった子供達の辛さに比べれば金の問題なんか全然ハナクソだよ。 被災地での事を比べてしまうと、とても失礼になるが、オレ頭悪いから単純にそう思った事しかこうして書けねーし。
ごめんなさい。
でもね、オレの場合、家族や友人がいたからまた再スタートを切る事が出来たけど、そうじゃない人もいるよね。一人で悩んで辛い思いしている人達もいっぱいいると思う。 そんな人達はさ、あれだよっ! オレみたにパッーと軽いノリでしちゃえば? 自己破産! 
簡単だぜ~、知ってる?最後霞が関にある裁判所に行くでしょ、そうすると一つの部屋にいっぱいいるんだよ、自分と同じような人達が。 後は流れ作業のように呼ばれて手続きして終わり。 その間わずか10分ぐらい。
あっという間だよ。まぁそれまで弁護士さんとか管財人さん達と色んな手続きはしなくてはいけないけどね!
自分で言うのもなんだけど、人間開き直りも大事だよ。 人間だもの、失敗することだってあるよ!
って自分に言い聞かせて今は頑張ってる。(笑)
最後は軽いノリで書いてしまったが、要は色んな問題があるなかで自ら命を粗末にするような事はやめようねっていう事。ってオレに言われたかねーか・・・。

まぁ、今オレは振り出しに戻りまたスタート地点に立っている。 会社を立ち上げたあの時よりも今は知恵も付いた。そして38歳になった今でも夢もできた。
フンッ、まだまだ終わらねーよオレは! まだまだこれからだよっ!!


小5になる子供(長女)にケンシロウばりに「きゃりーぱみゅぱみゅと言ってみろ・・・」と言われ、「き、きゃりーぱむぱ」バシッ!!噛んだ瞬間に右太ももにローキックを受け寝っ転がって悶絶うっている所に小1と4歳の息子と娘がオレの腹にダイブ。  いつかこいつらに殺られる・・・。


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親父とオフクロとオレの話。4

Posted by 友進 on 26.2012
Category : 家族
「親父、 これにオフクロがサインしてくれだってよ・・・。」

『何だ!? あぁ、これか。 車の運転席にでも置いとけや。こんなもん後でサインして渡しといてやるから!』

親父はそう言うと、何もなかった様に他の職人と喋りだした。 
都合の悪い話だといつもそうだった。 この頃にはオレも親父の所で職長として何年も動いていたので、現場での不都合や他の応援代の支払いの催促の電話などがオレのとこに直接掛かってくるようになっていた。
その事を親父に言う度に 『分かってるよ!後で俺が電話しとくから!』などと言って、誤魔化す事がしょっちゅうだった。
オレも、もうそんな親父に疲れていた。

「なぁ、今サインしろよ。 どうせまた誤魔化してオフクロ殴って黙らせるんだろう?」

『後でするって言ってんだろうがっ! 誰がいつも誤魔化してるんだっ、大体お前もまだ半人前のくせして・・』

親父っ!!!! もういいべ・・・。 もうオフクロも疲れたってよ。 オレももう疲れたよ・・。」

『・・・・。』

「オレももう親父のとこ辞めて自分でバラシ屋やるよ・・。 悪いけどもう一緒にやれねーよ・・・。」

『か、勝手にすればいいだろうっ! 紙よこせ、今すぐサインしてやっから!』

こんな親父でもガキの頃はオレも(お父さん)と言って親父になついていた。 
現場で生意気な事を言う監督を「この野郎!ナメタ事ぬかしやがってっ!」と言ってバールを持って追いかけ回す親父がとても強く思えた。
歳を取っても現場でシャブ中扱いされるぐらいパワフルに動く親父をとても尊敬していた。

でも、オレもオフクロももう駄目だった。
そしてこれが親父との最後の会話だった。

後に親父の知人に聞いたのだが、この後親父は静岡にいるという愛人の家に住み着いたらしいが、そこでもうまくいく訳でもなく家を追い出され、今はどこに居るのか分からないという。
まぁ、あの親父の事だから何処かで元気にやっている事だろう。
そう願う。
あんな親父でもオレをここまで育ててくれた親父だ。
親父に一言。  ありがとう・・・。 あっ、でももう現われないでね!

次の日からオフクロは、かつてから相談していた八王子市役所の助けを借りて高知県に住む事になっていた。
離婚届けを出してもいつ親父が戻ってくるか分からないからと、前々からそういう段取りを進めていたのだ。
でもこの時点で、オフクロは親父に対する恐怖で精神的にもかなり病んでいた。
オレの方も自分で仕事を始める準備はもうしていた。
かつてから他の二人の友達を誘ってバラシの仕事を教え、オレはその友達と三人で自分の会社を作る準備はしていた。会社といっても始めは個人からの出発だったが。

そしてオフクロが高知に出発する日の朝、市役所までオフクロを車で送った。
高知に行く事は、オレとその当時から付き合っていた今のオレの嫁しか知らなかった。それほどオフクロは親父を怖がっていたのだ。
「気を付けてな、なんかあれば電話くれよ。高知なんてすぐに行ける距離なんだから。」

『うん。お母さん多分少なくとも三年ぐらいはあっちに居る事になると思うから。 シンヤも元気にね!薫さん(嫁)と仲良くするのよ! お父さんみたいになっちゃダメだからね!』
オフクロは泣いていたが、笑いながら言った。

「なる訳ねーだろう! オレは大丈夫だから。まぁ、体だけは気を付けろよ。」

『ありがとね! じゃあお母さん行くからね。 シンヤも頑張るのよ!』
そう言うと、迎えに来た職員と一緒に行ってしまった。
荷物を抱え歩いていくオフクロの後ろ姿を見た時、涙がでてきた。
別に永遠の別れって事でもないし、電話でもいつでも話せるんだけど、一緒に居てあげられないという気持ちだろうか。自分でもよく分からなかったが、涙がでてきた。そしてオフクロに何もしてあげられない自分の不甲斐なさに腹も立っていた。


こうして親父とオフクロとオレの三人はバラバラになってしまった。
でもここからオレは自分の新しい生活をスタートさせる事になったんだ。 個人だけど仲間と一緒に自分達の会社を作り、気持も高ぶっていた。
しかし、そう簡単に事が進んでいくわけでもなかった。
オレの名字は豊野というのだが、これがまたなかなか周りにはいない名字なのだ。
豊野というのはオフクロの方の名字なのだが、親父と一緒になる時に名字を変えてしまうと豊野を継ぐ者がいなくなってしまう為、親父が婿に入るという事になったらしい。 なので親父とオフクロが喧嘩するといつもオフクロが『豊野の名前を散々汚して!!』などと喚いていた。
なのでオレが独立し営業で仕事を取りに行き名刺を渡すと、『あれ?君って豊野さんの息子さん? 仕事取り来る前に親父さんにお金返してって言っといてくれない?』などと言われたり、『あの親父さんの息子か~、考えとくよ。』と言って軽くあしらわれたりすることはしょっちゅうだった。
なので最初は本当にに大変だった。建設の業界はホントに狭いので、オレみたいな珍しい名字&あの破天荒な親父の影響でそう簡単に仕事が取れる訳でもなかった。
まぁ、親父のせいばかりでもなくオレもまだガキだったし。
最初は支払いが間に合わず、アイ〇ルやタケ〇ジなどの金融をハシゴして給料を払ったり、車検台が払えないので、車検切れの車を仕事車にしてたりと、本当に大変だった。
しかしなんとか周りの助けもあり頑張ってるうちに仕事も取れるようになり、従業員も当初の3人から一時期は18人まで増えた。
会社も個人から法人にし、自分の給料もそこそこ取れるようになった。そしてオレも結婚し、いつもオレを支えてくれる奥さんと可愛い3人の子供に恵まれた。 オフクロも高知から帰ってきて、また八王子で暮らすようになった。
この間の七年間は大変な事もあったが自分なりに充実した生活を送っていた。

しかしここからがオレの本当に大変な時期に突入することになるのだ。


パソコンでオナニーのネタを検索中にパソコンがフリーズしてしまい、画面が五十路のおばさんのイキ顔に・・。小1の息子のせいにしたらカミさんに本気でビンタをくらい、本気でヘコみながらも次回に続く・・・。

親父とオフクロとオレの話。3

Posted by 友進 on 11.2012
Category : 家族
玄関を開けると2人の男が立っていた。
一人は50過ぎぐらいだったろうか、見た目はとてもヤクザになんか見えない、いたって普通のジジイだったのだが、もう一人の男がヤバかった。
たぶん30代後半ぐらいだったと思うが、髪型はパンチパーマで太っていて目つきが鋭く、服装は変な犬の絵が書いてあるポロシャツに紺色のスラックス。そう、典型的ヤクザ丸出しの容姿だった。

オレは冷静を装うも心の中で思っていた。はい、ヤクザ。ヤクザきた。極道。いや、ジャパニーズマフィア・・。いや、どっちでもいい。 どうしよう・・・。拉致られて無理矢理工事現場などで働かせてしまうのだろうか・・。どうしよう・・・。 指とか切られちゃうのかなぁ・・・。恐怖心で金玉がきゅっ~と、下っ腹の方にせりあがってきていた。

しかし終始話をしてたのは温和そうなジジイの方だった。

『さっき電話で話した者だけど、お父さんかお母さんはいるか?』
ジジイが別に怒っている素振りもなくオレに話しかけた。

「えっ、い、いや、まだ帰ってきてないですけど・・・。」
オレはオフクロに出てくるなと言ってたので、オフクロは家の奥で会話を聞いていた。

『そうか・・・、それじゃあ車で少し待たせてもらうから。帰ってきたら教えてくれるか?』
もう一人の男は何も言わず、黒目が見えるか見えないかほどの鋭い目つきで黙ったままオレを見ていた。そしてその男たち越しに後ろを見るとエンジンを掛けたままの黒塗りのベンツが止まっていた。

「わ、分かりました・・・。」
アカン・・。こいつら帰らねぇ・・。どうしよう。今さらオフクロ家に居ますなんて絶対言えない。それ以前にこんな奴らに会わせたらオフクロがヤバイ事になる。 ちくしょう、どうしよう・・・。
こういう時に限って親父は家に居なかった。 っていうか帰って来なかった。自分の都合の悪い時はどこに逃げていたのか分からないが、家に帰って来なかった。 なので借金取りが来たときの対応は全部オフクロがしていた。そういう親父だったのだ。 なので親の事は関係ないと普段思ってても、オフクロの事はオレが守らなきゃとは心のどこかで思っていた。

『あっ、それからさっき電話で話したのは僕か?』
ジジイが振り返り、思い出したようにオレに話した。

「えっ!? 電話? いや、自分さっき帰ってきたんで・・。たぶん弟のキミヒコかな~?」
アウト・・・。 即席で弟を作ってしまった・・・。 もう無理だ。 っていうかキミヒコって誰だ・・。
 
『おう、なんだ!弟もいるのかっ!まぁいいや、じゃ車にいるから頼むな!』
そう言うと2人は車に向かって行った。

玄関を閉めて家に入っていくと、オフクロが電話の受話器を持っていた。

「なんで受話器持ってんだよ。」オレが聞くと、

『大丈夫だった!?何かあったらすぐに警察に通報しようと思ってね。 ごめんね、大丈夫だった?』

「あぁ、大丈夫だよ。(全然大丈夫じゃない・・。) でもまだ外にいるから少しおとなしくしてた方がいいよ。親父かオフクロが帰ってきたら教えてくれってよ。 ったく、しつけ―よな。」

『ごめんね、もういいから。 シンヤはどこか遊びに行ってきな。後はお母さん何とかするから!』

「うるせ―よっ、平気だよ! いくらヤクザでも中学生にまで手は出さねーだろ。逆に今さら遊びになんか行ける訳ねーだろ。 大丈夫だよっ!」
冷静を装って言ったものの、心の中ではまだ(ジャパニーズマフィア・・・)と、つぶやいていた。

2、30分過ぎただろうか、ふと気付くとオフクロの姿がなかった。
ハッ、と思い部屋の中から外を覗くとオフクロが奴等と話をしていた。そしてペコペコ頭を下げていた。

オレは心配よりも先にそんな奴等に頭を下げているオフクロに腹が立ち、その場所へと走っていった。

「何してんだよっ!! 頭下げてんじゃねーよっ! オフクロがワリィ訳じゃねーだろっ!全部親父のせいだろーがっ!」

だが人が心配しているのをよそに、オフクロとそのジジイはお互い笑いながら話をしていた。

『すみません、優しい息子なんです。本当にご迷惑お掛けして・・。 それではまたこちらからお電話いたしますので・・・』
オフクロが言うと、

『あぁ、分かった。まぁ大変だと思うけど、連絡が取れないとこっちもどうしていいか分からないからな~。 親父さんにも困ったもんだな~、まぁ頑張って下さいよ! それから僕、ちょっとコッチおいで!』
その2人組のヤクザらしからぬオフクロに対する優しい対応に拍子抜けしていると、ジジイはオレを車の中に呼んだ。

「なんですか?」
悲しいかな、生まれてはじめてベンツに乗ったのがこの時だった。しかし車中を見物する余裕などはなく、バックミラー越しに運転席にいる元プロボクサーの薬師寺 保栄のような目つきの、さっきジジイと一緒にいた男と眼が合った。それがまた不安を覚えさせた。 

『ごめんな、兄ちゃん。でもな、おじさんは兄ちゃんのお父さんに貸してる物があるんだよ。でも返す返すって言って何日も返してもらえないで、そのうち電話にもでなくなってな。 兄ちゃんだって友達に物を貸して返してもらえず、そのうち連絡が取れなくなったら不安になるだろう? 別に兄ちゃんや君のお母さんが悪い訳じゃないのはしってるけどな、ただ連絡取るには電話して君やお母さんに話すしかないだろう? おじさんもな、あんな電話して悪かったとは思ってるけどな、おじさんの気持も分かってくれよな。』

期待? とは裏腹にジジイは優しくオレに説明してくれた。そして、

『ごめんな兄ちゃん、電話したの俺なんだよ。 でも兄ちゃん、いい啖呵切ってたぞ!』
薬師寺が運転席から振り返って言った。笑い顔になるとほとんど黒目が見えなくなっていた。

『でもビビらないでちゃんとお母さんを守ったのは偉かったぞ! でもウソってバレバレだったけどな!』
薬師寺が笑いながら言うと、ジジイの方が財布を取り出し『ほら、これで母ちゃんと美味いもん食ってきな。』と言って一万円をオレの手に握らせた。

「いや、いいです。」と言うと、『迷惑料だよ!いいからとっときな。』
そう言うとオレを車から降ろし2人は帰って行った。

ビビり損だったが、少しだけ温かい気持になった。

まぁ、こんな借金にまつわる話が山ほどあるのだが、話を戻すとやっとオフクロは親父と離婚できたんだ。
オレが23~4ぐらいの時だったかな? 今思うともっと早くそうするべきだったんだけど、オフクロはオレの為にずっと我慢しててくれたんだよね。
ただ離婚する時も簡単にいった訳ではなかった。
ある時オフクロがオレが一人暮らしをしていたアパートにきて言った。
『シンヤも知ってると思うけどね、お母さんもうお父さんと別れたいのよね・・。でもあの人分かったって言っても離婚届にハンコ押してくれないのよ・・。シンヤ押してもらってくれない?』

「わかったよ・・・。」 とは言ったものの、さすがにオレもすぐ親父の所へ行き「書けよ。」なんて簡単に言える訳でもなかった。
オフクロの筆跡だけがある離婚届を預かり、数日が過ぎた時に久々に親父と現場が一緒になったので、昼の一服中に離婚の話を切り出した。




インフルエンザの猛威に怯えながら続く・・・。

親父とオフクロとオレの話。2

Posted by 友進 on 29.2012
Category : 家族
オレとオフクロの居場所をどう探し当てたのか分からないが、親父がいきなり現れた。
「お前らこんなところで何やってんだっ!」
そう言われると親父の車に強引に乗せられ、オレとオフクロは黙って元の家に帰るしかなかった。
オフクロも抵抗すると親父にまた暴力を振るわれるから怖かったのだろう。
家に着くと、「シンヤはちょっと職人さんの家に行ってきな。」と親父に言われ、オレは迎えに来た当時親父の下で働いていたシモちゃんという職人さんの部屋に連れて行かれた。
シモちゃんに、「大丈夫だよ、また三人で暮らせるようになるから! でも親父とねえさん(オフクロは働いていた職人さんからねえさんと呼ばれていた。)にも困ったもんだな・・・。」と言われ、オレは黙ってそこにいる事しかできなかった。
一時間ぐらい経っただろうか、オレはオフクロの事が心配になりシモちゃんの部屋を飛び出し親父とオフクロの所へ向かった。
そこで見たのは、仁王立ちで怒鳴り散らしている親父と、正座して泣きじゃくるオフクロ。 そして畳には包丁が刺さっていた。
オフクロは鼻血をだしながら「すみません、すみません・・」と、ひたすら謝っていた。
オレは、オフクロの所に泣きながら駆け寄り抱きついた。 そうすれば親父も、これ以上オフクロを殴るのをやめると思ったから。
さすがに親父もやり過ぎたと思ったのか、「今度そんな事したら今度はホントにぶっ殺してやるからなっ!!」と言い、親父は何処かへ行ってしまった。
そしてオフクロはオレを抱きよせると、「ごめんね・・ごめんね・・・。」と、ただひたすら謝っていた。

ただオレはこんな事があったにも関わらず、また親子三人で暮らせるのが嬉しかった。
今思うと何故だか分からない。 当時はオフクロに何回も「お父さんと離れて暮らそう。」と言われても、オレは『嫌だよっ!三人がいいよっ!!』の、一点張りだった。
アホなガキだ・・・。 ただ淋しいだけで、オフクロには辛い思いをいっぱいさせてしまった。

そんなこんなでまた三人で暮らすようになるのだが、オレが小学生の頃はホントにビンボー極まりない暮らしだった。
相変わらず月末になると親父とオフクロの怒鳴り合いの喧嘩が始まる。 支払いが出来ないとか、どうやって暮らしていくんだとか、まぁ、金の事で喧嘩はしょっちゅうだった。
とりあえず家の電話は親から出るなと言われてたから、出れなかったね。ほとんどが支払いの催促の電話だったから。
あとは居留守。
誰かが訪ねてくると、オフクロが 「シンヤッ!ゾンビが来た!ゾンビが来たぞっ!!静かにしろっ!」と言い、オレはオフクロと一緒に、人の気配がなくなるまで毛布の中に包まっていた。
オレは『もう、行ったかな?』と言うと、「ゾンビは帰ったふりをするから、帰ったと思ってもそれから30分は動いちゃダメだっ!」と、オフクロに言われていた・・・。 
何気にこのやり取りを、オレは当時結構楽しんでいた。
オフクロが当時どんなに辛かったかは想像がつかない。でも当時子供のオレには、そんな遊び心で辛い思いをさせまいと必死だったのろう。
オレが中学に入ってしばらくするまでは相変わらずの暮らしぶりだった。ただオレはもう親父とオフクロの事はそっちのけで、友達と遊び呆けてたし、もう親の事は関係ない、勝手にしろと思っていた。
家の電話も勝手に出るようになった。友達からの誘いの電話があるから、電話に出るなと言われても『うるせー!、テメェらの都合でなんで電話に出ちゃいけねぇんだっ!』と言い、もう親の事は関係なくなっていた。
しかしある時、家の電話に出ると、【お父さんかお母さんいますか?】という電話が掛かってきた。  ホントに誰も居なかったので『今居ませんけど。』と言うと、【じゃあ帰ってきたら〇〇から電話があったと伝えてくれる?】と言われたので、『はい。』とだけ言って電話を切った。
するとその五分後にまた同じ奴から電話が掛かってきて、【帰ってきた?】と電話があった。 『いや、まだですけど・・。帰ってきたら電話させますんで。』と言い、電話を切った。 するとまた五分ぐらいしてから同じ奴から電話があり、【もう帰って来たでしょう?お父さんかお母さん電話に出してくれる?】と言われた。
『いや、まだ帰って来ないですよ・・。帰ってきたら電話させますからっ!】と言い勝手に電話を切った。
また金の催促の電話だと分かっていたので、あまり強気にはでれなかったが、そのしつこい電話にブチ切れる寸前だった。
案の定、今度は三分後ぐらいに電話があり、【もう帰ってきましたか~?】と、今度は人の事を小馬鹿にしたような口調で同じ奴から掛かってきた。
さすがにオレもブチ切れて、『さっきから何回もウルセーんだよっ!!! 何なんだテメ―はッ!!!用事があんなら直接家に来いやっ!このバカ野郎がっ!!!!!!』と電話口で怒鳴ってしまった。 すると、【なにっ~!?バカ野郎だぁ~!?テメェは息子か? おうっ、今から行ってやるから待ってろっ!!逃げるんじゃね~ぞ!?】と、明らかに堅気じゃない口調で返してきた。
『か、勝手にしろよっ!居ねーもんは居ねーんだよっ! テメ―がしつけ―からだろうがっ!』と返したが、言い終わる前に電話は切れていた。
まぁ関係ねーやと思いTVを観ていたら、一時間ぐらいしてからだろうか、オフクロが帰ってきた。
『おう、さっき〇〇さんていう奴から電話が何回もあったぞ。 しつけ―から怒鳴って直接来いって言ったら今から来るってよ!大丈夫だよ、来たらオレが追い返してやるからよ。』と言ったら、「あんた〇〇さんにそんな事言ったのかい!? なんて事言ったんだ!その〇〇さんて人はヤクザなんだよっ!! あんたはもういいから、とにかくどっか友達の所へ行ってきな! 今日は帰って来なくていいからっ!早く行きなさいっっ!!」と、オフクロは尋常じゃない焦りっぷりを見せオレに言った。
『ヤ、ヤクザだろうが何だろうがそんなもん関係ーねーよ・・・。いいよ、来たらオレが話ししてやるよ・・・。』と、強気に言ったものの、頭の中では(ヤバい・・なんて事しちまったんだオレは・・・)と、頭の中ではオレの方が焦っていた。でもオフクロを一人にさせる訳にはいかねぇ。でも来たらなんて言えばいいんだろう・・・。と思っていたその矢先、家のドアがドンドンッ、ドンドンッ、と、音を立てた。


続く。

親父とオフクロとオレの話。

Posted by 友進 on 24.2012
Category : 家族
親父とオフクロと、少し自分の話をしてみようと思う。
前の話にも書いた通りオレの周りにはいつも親父の下で働く職人さんや、その人達を支えるオフクロ、そして私生活はどうしようもなかったが、仕事だけはどの職人にも負けない親父がいた。

オレは、小学校の時から夏休みや、冬休みになると親父とオフクロと現場に行き、オレとオフクロは女子供でも出来る簡単な仕事をして、親父は奥の方でガンガンでかい音を出しながら作業をしていた。
オレは、ピーコンという金具を取り外す作業をしていたのだが、親父に 「一個取ったら1円なっ!そらっ、取って来い!!」と言われ、取ったピーコンが何個か溜まると親父に 『今いくら?』 「あん?まだ30円ぐらいだよっ!」 そしてまたいくつか外すと親父の所へ行き、 『ねぇ、もう500円ぐらいいった?ねぇ?』 「ああんっ!?まだ80円ぐらいだよっ!!」 そしてまたいくつか外すと、 『ねぇ、もう1000円ぐらいいったんじゃない!? いったでしょ!!』 「うるせーっ!!! いいから最後まで黙って取ってろっ!!!」と、怒鳴られ、いじけながらピーコンを外していた。
そして昼になると、オレは色んな仕事の話を親父に聞きながらオフクロの作った弁当を三人で食べる。 今思い出すと、あの時がオレの中で家族3人の一番いい思い出だ。

中学ぐらいになってもオレは休みになると親父と現場に行っていた。
その頃は、はやく大人と一緒に働きたかった。そして何よりも作業着が着たかったんだ。自分で買った作業着。
ガキの頃は、ダボダボの作業着を着ている職人さんがとてつもなくカッコよくてね。 バイトして貯めた金で買ったんだよね、作業着を! 作業着も色んな物があるのだけれど、やっぱ有名なのは寅一だ。あの頃はアルマーニやエルメスなんかよりも男は寅一!!!だったからね(笑)。 で、その寅一の作業着を買ったんだけどさ、それが気合入れ過ぎてダボダボしすぎてズボンの裾を引きずって歩いてしまう始末でさ・・・・。親父や周りの職人さん達にも『お前バカじゃね~か!?そんなズボンじゃ仕事できねーだろっ!』なんて真顔で言われてさ、ホントに今思うとバカなガキだったよ。 

で、高校も出て親父の下で本格的に仕事をするようになったんだけどね。
まぁ、小学校の頃からバイトで仕事してたからある程度の事は出来たんだ。だけどいきなり仕事一発目で『今日他の職長が休みだからお前と他の職人2~3人連れて行ってこい!朝礼のKYの内容はこれに書いてあるから。』なんて言われ、スーパーの安売りのチラシにマジックで書かれたしわくちゃな小汚い紙を渡されてさ。
『ふ、ふざけんなよっ! いきなり職長の代わりなんて出来る訳ねーだろっ! 大体なんだよこの紙はっ!読みづらくてしょうが・・』
「早く行かないと間に合わねーぞっ! いいから行ってこいっ!!」 なんて有無を言わさず言われてさ。
まぁ行きましたよ、現場に。
その現場っていうのが大型現場でさ、他の職方の数も200人ぐらいいたんじゃないかな?そんな中で皆の前でマイクを持って、KYという自分の班がどの区域で何の作業をするのか。その作業に対する危険ポイント。作業人数などを言わなきゃいけないんだけどね、オレは運転して現場に行ってるし、そんなKYの内容をいきなり覚えられるハズもないから、その親父が書いたスーパーの安売りの紙を見ながら皆の前でKYを言う羽目になってね・・。

えぇ・・・、そりゃあ皆笑いますよ・・・・。 18ぐらいのガキがスーパーの安売りの紙を見ながらマイク持ってダボダボの作業着を着て緊張しながら声を震わせてKYしてるんだから・・・。
終いにはどこからともなく 『がんばれ~っ!』なんて声も聞こえてくるしさ・・・。挙句の果てにはウチの職人も腹抱えて笑ってるしさ。 ホントにこいつら殺してやろうかと思ったよ。
まぁ、そんな困難も(困難?)乗り越え5~6年経って現場での仕事は大体こなせるようになってね。

そんな時親父とオフクロが離婚することになったんだ。


昔から喧嘩ばかりしてた夫婦だったんだけどね。オフクロが殴られてる事なんてしょっちゅうだったし、喧嘩が始まるとオレは怖くなり職人さんの住んでる平屋に逃げ込んでいた。
一回オレが小学2年の時にオフクロがオレを連れて家を出た事があったんだ。親父が仕事に行き、オレも学校へ行こうとするとオフクロが、「シンヤは今日学校休んでいいから!」と、急に言いだし、オレは(なんでだろう?)と思いながらも学校が休みということだけで浮かれていた。
いきなり引っ越しのトラックが現われ、オフクロが「向こうでお父さん待ってるから!」と言い、黙ってそのトラックに乗って行った。 着いたのは六畳一間のボロアパートだった。「今日からお母さんと二人でここで暮らすからね。」と、いきなり言われ泣きじゃくるオレ。
当時はオフクロに暴力を振るう親父でも、たまに優しい親父が好きだったし、親が離婚するなんていうのはとても悲しくて嫌だった。
でも、オレはどうする事もできず、黙っていじけながらそこでオフクロとの暮らしを始めた。
その時は学校へも行かなかった。 黙って出てきたから親父も躍起になってオレ達を探していただろう。もちろんオレの通っている小学校へも連絡は入れてると思うし。 お袋にも「違う小学校に入れてあげるからもうちょっと待っててね。」と言われ、オレも、『うん。』と言うしかなかった。
お袋が仕事にでている時はずっとテレビを観ていた。何故か今でも覚えているのだが、【どろろん閻魔くん】(再放送かどうかは分からないが) というアニメが夕方放送していて、オレは夢中で観ていた。 しかし観終わると寂しさが急に込み上げてきて、玄関の外でお袋が帰ってくるのをひたすら待っていた。でも、オフクロの歩いて帰ってくる姿が見えると急いで家に入り、普通に『あっ、お帰り~!』なんて言ってオレもお袋に気を使っていた。
今考えるとお金もなかったんだろうな、近くに定食屋さんがあったのだが、「シンヤ何食べたい?」とお袋が言うと、オレは何も考えず『生姜焼き定食!!』なんて笑顔で言い、お袋はいつも頼んでくれた。 でもお袋は何も食べないので、『お母さんは?』と言うと、「お母さんはお仕事の所で食べさせてもらったから大丈夫!」と、言っていつも食べなかった。 
日曜日になると、オフクロは「シンヤ、バドミントンやろう!」と言ってオレと遊んでくれた。
学校にも行ってないから友達もできないし、住んでいる場所さえ分からないのだから友達なんて出来る訳が無い。
そんなオレを不憫に思ったんだろう。オフクロは休みが出来ると1日中オレと遊んでくれた。
 
そんな暮らしが半年ほど続いた時だったろうか、いきなり親父がオレ等の前に現われた。 

続く。 
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