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タカミ

Posted by 友進 on 24.2011
Category : 友達
オレの友達に高見澤という男がいる。
今でもたまに会って遊ぶ仲なのだが、奴の天然と言うかバカっぷりがハンパじゃないのだ。
オレ達仲間のみんなは奴のことをタカミと呼んでいるのだが、見た目は和製ブラットピットのような顔立ちで体型もスマートで筋肉質。見た目は申し分ない俗に言う イイ男 なのだ。
今でも30半ば過ぎているんだけど、見た目もとても若くオレ達仲間内の間では奴のことをピーターパンと呼ぶ奴もいるくらい若いのだ。 で、そんなタカミとの昔話になるのだが、奴とは二十歳の時に知り合ってほとんどいつも一緒に遊んでいた。タカミは当時流行っていたアメ車のカプリスを乗りまわしており、その車でよく皆でナンパにいった。
イイ男で車も流行りのアメ車。これだけで十分に女をゲットする武器は揃っているのだが、タカミの当時の服装が凄かった。って言うか酷かった・・・。
その頃はちょうどチーマーファッションというものが流行っていた時代で、靴はレッドウィングのエンジニアかトニーラマなどのウエスタンブーツ。年代物の高価なGジャンやブーツカットなどの古着が主流で髪型も昔の江口洋介の様なロン毛が流行っていた。
で、タカミもそのチーマーファッションというものに突撃することになるのだが、まずGジャンをきているのだけれど袖を自分で引きちぎっており、大仁田厚が着ていたGジャンみたいになっていた。
しかもパンツもブーツカットをはいているんだけど、それに黄色いサスペンダーを組み合わせるというタカミ独特のものだった。
そして極め付けがブーツだった。
タカミが歩くと カチャ、カチャ、と音がするので足元を見てみると、安っぽいリングブーツの踵の部分に拍車が付いていた・・・。そう、西部劇などでカウボーイが馬を走らせる為に付けているあのクルクル回るトゲトゲしいやつである。(オレは未だに売っているのを見たことがない・・・。)
半袖の大二田ばりのGジャンに黄色いサスペンダー。それに拍車とそれだけでもう十分なのだが、頭には数学博士の秋山仁のようなバンダナを巻いているのだから町では怖がって喧嘩を売ってくる奴はいなかった。(違った意味で・・・)
さすがに拍車はオレ達皆の説得でやめさせる事ができたのだが、それくらいタカミのセンスというか頭の悪さは酷かった。
それから昔タカミは千葉の自衛隊にいたので(ちなみにパラシュート部隊だと自慢していたがウソかホントかは知らない。)週末になるとオレ達のいる地元の八王子まで毎週遊びに来ていた。で、タカミがこっちに向かっている最中に電話をして「今ドコら辺?」と聞くと『え~とね、今ながふく!(永福)』と本気で言ってくる始末。
あと、昔タカミと車に乗っていた時の話なのだが、信号待ちをしていると目の前の横断歩道を可愛いショートカットの女の子が歩いていた。その娘を見て『オレあーゆーコ好きなんだよな~、なんてゆーんだっけ?えーと、ほら、ボーイ〇△□・・』
オレはボーイッシュと言いたかったのは分かったんだけど最後の方を言葉を濁らせて言っていたので「えっ、なに?なんてゆーの?」とわざと聞き返した。そしたら『ほら、あれだよ、ボーイ、 ボーイ・・・ボーイフィッシュ!!』  真顔でそんな事を言ってきたのでオレは腹を抱えて笑っているとさらに真顔で  『誰にも言うなよ。』 と言ってくるタカミ。
そんなタカミは未だに独身なのだが、『オレは22歳だ』とウソをついて現在17歳の女の娘と付き合っている。(騙される女も女だけど17歳って・・・。)
ちなみに付き合った後で分かったのだが、その女の娘のお父さんというのがタカミの入っている旧車會の先輩だった。(そう、タカミは現在も旧車會に入っていて、日曜日になると日章旗のメットにブーツ[拍車なし]という戦闘スタイルで若者の先頭に立って走りまわっているのだ・・・)タカミがその先輩に殴られるのも時間の問題だと思いオレはタカミに「早くその彼女と別れた方がいいんじゃない?」と言うと、『オレも遊びじゃねーからっ!』と訳の分からないセリフをはきだし今でもその17歳と30半ば過ぎのオッサンが街中で堂々とちちくり合うという犯罪を犯している。
おバカなピーターパン高見澤君。しかしオレはそんなタカミとたまに会って話をするとなぜか元気になってしまうのです・・・。
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事故

Posted by 友進 on 20.2011
Category : 建築
今では現場での安全教育が厳しくなった為事故もかなり減ったけど昔は本当に多かった。
前に書いた生多目さんもそうだけど、足場から落ちて亡くなってしまう人やクレーンなどで吊っているパイプなどが落ちてその下敷きになって亡くなってしまう人。地下室に入り酸素欠乏症で亡くなってしまう人など本当に事故が多かった。その事故の中でも一番ヤバいのが熱中症だと思う。
他の事故は気をつければなる確率は低くなるが、熱中症だけは注意しててもなってしまう。
去年ウチで働いていた従業員も2人熱中症になった。現場作業員以外で熱中症で亡くなってしまった人も多数いたらしいが、今までに現場で熱中症で亡くなってしまった職人さんもかなりいただろう。
ウチの従業員は命にかかわる事はなかったのだが、それでもそのうちの一人は意識がぶっ飛び救急車で運ばれてしまうところまでいってしまった。
聞いた話なのでホントかどうかは分からないが、1回熱中症になってしまった人は癖になってしまい度々起こしてしまうらしい。
オレ自身今までに何回も熱中症になっているのだが、オレの熱中症パターンがこうだ。
まず手足の指がつってくる。次に腕やももにそれがまわってきてついには背中や首、とうとう全身がこむら返り状態になってしまうのだ。そして立てなくなってしまった体に現場にいるガードマンに水を全身にぶっかけてもらい冷やして治す。これがお決まりのパターンなのだが、皆が想像している以上に激痛を伴う。たぶんその熱中症の真っ最中に小学生にレイプされても何一つ抵抗できないだろう・・。  それぐらいツライのだ。
オレが今までになった熱中症の症状はこれぐらいで済んでいるのだが、意識がなくなってしまうまでの症状を見たのは去年なったウチの従業員がはじめてだった。
高橋さんという40代の人だったのだが、ウチの会社に入ってまだ2日目の事だった。
2日目ということもありまだ簡単な作業しかさせてなかったし、3時の一服の時も元気だったのでまさかこんなことになるとは思わなかった。
夕方5時ぐらいに高橋さんの作業している部屋から 『あ~あっ・・・あ~んぁ・・・う~ん!』 という声というかため息みたいなものが聞こえてきた。最初は気にしてなかったのだが、その声がだんだん大きくなってきて終いには『あーんっ!・・・あーーんぁ!!・・・・だらぁっ!!!!』という怒鳴り声といか叫び声みたいなものが聞こえてきた。(こりゃ普通じゃないな)と思い高橋さんの部屋に行ってみると、高橋さんは部屋をグルグル回りながらハンマーでパイプを意味もなくガンガン叩きながらその奇声をあげていた。(ウソのようだけどホントの話です・・。書いてて思い出して笑ってしまった。)
「高橋さん、どうした?大丈夫?」と言うオレの問いかけにも応じる事はなくまだその奇声をあげているのでさすがにヤバいと思い「とりあえず現場から出よう!」と言い、他の従業員達と高橋さんの両腕を抱えて現場から運び出そうとした。(現場の所長なんかにバレるとうるさいんで・・。)
その最中に高橋さんがまた『う~んっ!!!』と言いながらその場にペタンっと赤ちゃんのように尻もちをつき座り込んでしまい、とうとうそのまま気を失い倒れてしまった。(こんなヤバい状況だというのにオレは高橋さんの行動や言葉が面白く、他の従業員にはバレないように笑いを堪えていた・・。)
さすがにもうダメだと思いすぐに救急車を呼び、近くの大学病院に一緒に行き診察してもらった。診察後先生に「連れてくるのがもう少し遅かったら危なかったですよ。まだ意識が戻らないのでしばらく入院してもらう事になると思いますが命に別状はないので安心してください」と言われ、そこで初めて事の重大さに気がついた。っていうか笑いを堪えてる場合ではなかった・・・。
結局高橋さんは5日の入院で済み退院してすぐに仕事にも復帰したのだが、ゼネコンやウチの親会社の対応は最悪だった。
「従業員に十分な休憩を与えないからだ!」だとか、「なぜこんな状態になるまで気付かないんだ!」など散々言われ謝るのは結局オレ達下請け業者。
もちろんウチの会社だって粒状の塩を一服の度に飲ませてるし水分だって一服以外の時間にも好きなだけ与えてる。結局は自己管理だから何も言えないのだけれど、高橋さんだって一生懸命仕事をした結果なのだ。
もちろんオレは高橋さんを責めることはしなかったし(笑っちゃったからね・・。)高橋さんもその後も頑張って働いてくれた。
ホントに面倒が起った時のゼネコンの対処というのは腹が立つ。これからも現場で働く職人さんの皆さんには事故だけには気を付けて欲しい。
最後に
おいっクソゼネコンや建築屋!オレ達だって事故を起こしたくて起してるんじゃねーんだよっ!確かに不注意で起こす奴もいるが皆死に物狂いで頑張っているから倒れちまうんじゃねーかっ!!現場で倒れてほしくねーんだったら十分に休憩できる適正単価ってものをよこしやがれっ!!
すみません、結局最後は愚痴で終わってしまいました・・・。

チ・ン・ピ・ラ

Posted by 友進 on 18.2011
Category : 家族
悲しい男・・・英二兄ちゃんの話にまたもやなってしまうのだが、たしかオレが小4ぐらいの時だったと思う。
「おい、映画観に行くけど一緒に行くか?」と英二兄ちゃんがオレに声を掛けてくれた。
オレは「行く!行く!」と言い、2人で八王子にある小さな映画館に向かった。
何を観るのか分からなかったが、当時のオレは兄貴と一緒に行動するのが堪らなく嬉しく、その時もとても舞い上がっていた。
映画館に着き兄貴がチケットを渡してくれたのだが、そこには『チ・ン・ピ・ラ』と書かれていた。
そう、知っている人もいると思うが、1984年公開の柴田恭平、ジョニー大倉主演のヤクザになりきれない2人の男の物語。当時小学生のオレでも堪らなく面白く今でも大好きな映画の一つだ。
主題歌でもあるPINKの『Private Story』を聞くと今でも全身の毛穴が開き、渋谷の街を意味もなく徘徊したくなってしまう。
そんなことはどうでもいいのだが、映画を観終わってしばらくすると英二兄ちゃんが「おい、お前先に帰ってろ」とオレに言った。 (なんだよっ)と思ったが映画にも連れてきてもらったことだし、ここはおとなしく一人で家に帰ることにした。
オレが家に帰ってきて2時間ぐらいしてから英二兄ちゃんも帰ってきた。 が、オレは兄貴の姿を見て愕然とした。
上下白の安っぽいジャケットとパンツにシャツは黒のアロハシャツ。靴は白のエナメル靴と挙句の果てにはグラサンまで装着していた・・・。
そう、完全に劇中の柴田恭平に影響を受けまくっており、自分もその柴田恭平にならずにはいられなかったのである。
オレは何故か自分が恥ずかしくなってしまい、英二兄ちゃんの姿をまともに見ることさえできなかった。
しかも手には(マルカワ)と書かれた紙袋を持っており、今まで自分が着ていたケミカルウォッシュのジーパンが入っていた・・・。
マルカワとは当時小・中学生に人気の今でいうジーンズメイトのような店だったのだが、英二は(書いているうちに兄ちゃんと呼ぶのもバカらしく思えてきたのでこれからは英二と書きます・・・。)その店で入ったばかりの給料をつぎ込みその場で着替えてくるという引田天功ばりのイリュージョンを成し遂げてきたのだ。
しかも帰ってきたばかりだというのにその服を着て歩きまわりたいが為に、紙袋を部屋に置くなり「ちょっとゲーセン行ってくるわ・・・。」と普通の事を声のトーンを低くしてオレに言ってくる始末だった。
もちろんオレはそんな頭のいかれた寅一野郎の言う事はファミコンをやりながら無視していた。
英二が出掛けて小一時間だっただろうか、英二がもう帰ってきたのでオレは「あれ?はやいね!」と言い英二の姿を見たのだが、またもやその姿に驚いた。
なんとさっき買ったばかりのジャケットとパンツが血で汚れており、アロハシャツはビリビリに破けていた・・。
手にはフレームが片方ないグラサンを握りしめており、顔も殴られたような傷でボコボコの状態だった。
話を聞くとそんな恰好でゲーセンに行ったもんだから、着いた瞬間に地元のヤンキーに絡まれカツアゲまでされて帰ってきたのだという・・・。
英二のチンピラがわずか一時間で終了した・・・・。
オレが「大丈夫?」と言うと英二が一言。 『くそっ、あいつらどこの組のもんだよっ!』
さすがにオレもなぜそんな言葉がでるのかと、驚きと情けなさで英二を見ていると兄貴も自分の不甲斐なさに笑ってしまいその後2人で一時間ばかり大笑いしていました。
チ・ン・ピ・ラは自分にとってそんな思い入れのある映画です。


チンピラ
こんな・・・。
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