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親父とオフクロとオレの話。2

Posted by 友進 on 29.2012
Category : 家族
オレとオフクロの居場所をどう探し当てたのか分からないが、親父がいきなり現れた。
「お前らこんなところで何やってんだっ!」
そう言われると親父の車に強引に乗せられ、オレとオフクロは黙って元の家に帰るしかなかった。
オフクロも抵抗すると親父にまた暴力を振るわれるから怖かったのだろう。
家に着くと、「シンヤはちょっと職人さんの家に行ってきな。」と親父に言われ、オレは迎えに来た当時親父の下で働いていたシモちゃんという職人さんの部屋に連れて行かれた。
シモちゃんに、「大丈夫だよ、また三人で暮らせるようになるから! でも親父とねえさん(オフクロは働いていた職人さんからねえさんと呼ばれていた。)にも困ったもんだな・・・。」と言われ、オレは黙ってそこにいる事しかできなかった。
一時間ぐらい経っただろうか、オレはオフクロの事が心配になりシモちゃんの部屋を飛び出し親父とオフクロの所へ向かった。
そこで見たのは、仁王立ちで怒鳴り散らしている親父と、正座して泣きじゃくるオフクロ。 そして畳には包丁が刺さっていた。
オフクロは鼻血をだしながら「すみません、すみません・・」と、ひたすら謝っていた。
オレは、オフクロの所に泣きながら駆け寄り抱きついた。 そうすれば親父も、これ以上オフクロを殴るのをやめると思ったから。
さすがに親父もやり過ぎたと思ったのか、「今度そんな事したら今度はホントにぶっ殺してやるからなっ!!」と言い、親父は何処かへ行ってしまった。
そしてオフクロはオレを抱きよせると、「ごめんね・・ごめんね・・・。」と、ただひたすら謝っていた。

ただオレはこんな事があったにも関わらず、また親子三人で暮らせるのが嬉しかった。
今思うと何故だか分からない。 当時はオフクロに何回も「お父さんと離れて暮らそう。」と言われても、オレは『嫌だよっ!三人がいいよっ!!』の、一点張りだった。
アホなガキだ・・・。 ただ淋しいだけで、オフクロには辛い思いをいっぱいさせてしまった。

そんなこんなでまた三人で暮らすようになるのだが、オレが小学生の頃はホントにビンボー極まりない暮らしだった。
相変わらず月末になると親父とオフクロの怒鳴り合いの喧嘩が始まる。 支払いが出来ないとか、どうやって暮らしていくんだとか、まぁ、金の事で喧嘩はしょっちゅうだった。
とりあえず家の電話は親から出るなと言われてたから、出れなかったね。ほとんどが支払いの催促の電話だったから。
あとは居留守。
誰かが訪ねてくると、オフクロが 「シンヤッ!ゾンビが来た!ゾンビが来たぞっ!!静かにしろっ!」と言い、オレはオフクロと一緒に、人の気配がなくなるまで毛布の中に包まっていた。
オレは『もう、行ったかな?』と言うと、「ゾンビは帰ったふりをするから、帰ったと思ってもそれから30分は動いちゃダメだっ!」と、オフクロに言われていた・・・。 
何気にこのやり取りを、オレは当時結構楽しんでいた。
オフクロが当時どんなに辛かったかは想像がつかない。でも当時子供のオレには、そんな遊び心で辛い思いをさせまいと必死だったのろう。
オレが中学に入ってしばらくするまでは相変わらずの暮らしぶりだった。ただオレはもう親父とオフクロの事はそっちのけで、友達と遊び呆けてたし、もう親の事は関係ない、勝手にしろと思っていた。
家の電話も勝手に出るようになった。友達からの誘いの電話があるから、電話に出るなと言われても『うるせー!、テメェらの都合でなんで電話に出ちゃいけねぇんだっ!』と言い、もう親の事は関係なくなっていた。
しかしある時、家の電話に出ると、【お父さんかお母さんいますか?】という電話が掛かってきた。  ホントに誰も居なかったので『今居ませんけど。』と言うと、【じゃあ帰ってきたら〇〇から電話があったと伝えてくれる?】と言われたので、『はい。』とだけ言って電話を切った。
するとその五分後にまた同じ奴から電話が掛かってきて、【帰ってきた?】と電話があった。 『いや、まだですけど・・。帰ってきたら電話させますんで。』と言い、電話を切った。 するとまた五分ぐらいしてから同じ奴から電話があり、【もう帰って来たでしょう?お父さんかお母さん電話に出してくれる?】と言われた。
『いや、まだ帰って来ないですよ・・。帰ってきたら電話させますからっ!】と言い勝手に電話を切った。
また金の催促の電話だと分かっていたので、あまり強気にはでれなかったが、そのしつこい電話にブチ切れる寸前だった。
案の定、今度は三分後ぐらいに電話があり、【もう帰ってきましたか~?】と、今度は人の事を小馬鹿にしたような口調で同じ奴から掛かってきた。
さすがにオレもブチ切れて、『さっきから何回もウルセーんだよっ!!! 何なんだテメ―はッ!!!用事があんなら直接家に来いやっ!このバカ野郎がっ!!!!!!』と電話口で怒鳴ってしまった。 すると、【なにっ~!?バカ野郎だぁ~!?テメェは息子か? おうっ、今から行ってやるから待ってろっ!!逃げるんじゃね~ぞ!?】と、明らかに堅気じゃない口調で返してきた。
『か、勝手にしろよっ!居ねーもんは居ねーんだよっ! テメ―がしつけ―からだろうがっ!』と返したが、言い終わる前に電話は切れていた。
まぁ関係ねーやと思いTVを観ていたら、一時間ぐらいしてからだろうか、オフクロが帰ってきた。
『おう、さっき〇〇さんていう奴から電話が何回もあったぞ。 しつけ―から怒鳴って直接来いって言ったら今から来るってよ!大丈夫だよ、来たらオレが追い返してやるからよ。』と言ったら、「あんた〇〇さんにそんな事言ったのかい!? なんて事言ったんだ!その〇〇さんて人はヤクザなんだよっ!! あんたはもういいから、とにかくどっか友達の所へ行ってきな! 今日は帰って来なくていいからっ!早く行きなさいっっ!!」と、オフクロは尋常じゃない焦りっぷりを見せオレに言った。
『ヤ、ヤクザだろうが何だろうがそんなもん関係ーねーよ・・・。いいよ、来たらオレが話ししてやるよ・・・。』と、強気に言ったものの、頭の中では(ヤバい・・なんて事しちまったんだオレは・・・)と、頭の中ではオレの方が焦っていた。でもオフクロを一人にさせる訳にはいかねぇ。でも来たらなんて言えばいいんだろう・・・。と思っていたその矢先、家のドアがドンドンッ、ドンドンッ、と、音を立てた。


続く。
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親父とオフクロとオレの話。

Posted by 友進 on 24.2012
Category : 家族
親父とオフクロと、少し自分の話をしてみようと思う。
前の話にも書いた通りオレの周りにはいつも親父の下で働く職人さんや、その人達を支えるオフクロ、そして私生活はどうしようもなかったが、仕事だけはどの職人にも負けない親父がいた。

オレは、小学校の時から夏休みや、冬休みになると親父とオフクロと現場に行き、オレとオフクロは女子供でも出来る簡単な仕事をして、親父は奥の方でガンガンでかい音を出しながら作業をしていた。
オレは、ピーコンという金具を取り外す作業をしていたのだが、親父に 「一個取ったら1円なっ!そらっ、取って来い!!」と言われ、取ったピーコンが何個か溜まると親父に 『今いくら?』 「あん?まだ30円ぐらいだよっ!」 そしてまたいくつか外すと親父の所へ行き、 『ねぇ、もう500円ぐらいいった?ねぇ?』 「ああんっ!?まだ80円ぐらいだよっ!!」 そしてまたいくつか外すと、 『ねぇ、もう1000円ぐらいいったんじゃない!? いったでしょ!!』 「うるせーっ!!! いいから最後まで黙って取ってろっ!!!」と、怒鳴られ、いじけながらピーコンを外していた。
そして昼になると、オレは色んな仕事の話を親父に聞きながらオフクロの作った弁当を三人で食べる。 今思い出すと、あの時がオレの中で家族3人の一番いい思い出だ。

中学ぐらいになってもオレは休みになると親父と現場に行っていた。
その頃は、はやく大人と一緒に働きたかった。そして何よりも作業着が着たかったんだ。自分で買った作業着。
ガキの頃は、ダボダボの作業着を着ている職人さんがとてつもなくカッコよくてね。 バイトして貯めた金で買ったんだよね、作業着を! 作業着も色んな物があるのだけれど、やっぱ有名なのは寅一だ。あの頃はアルマーニやエルメスなんかよりも男は寅一!!!だったからね(笑)。 で、その寅一の作業着を買ったんだけどさ、それが気合入れ過ぎてダボダボしすぎてズボンの裾を引きずって歩いてしまう始末でさ・・・・。親父や周りの職人さん達にも『お前バカじゃね~か!?そんなズボンじゃ仕事できねーだろっ!』なんて真顔で言われてさ、ホントに今思うとバカなガキだったよ。 

で、高校も出て親父の下で本格的に仕事をするようになったんだけどね。
まぁ、小学校の頃からバイトで仕事してたからある程度の事は出来たんだ。だけどいきなり仕事一発目で『今日他の職長が休みだからお前と他の職人2~3人連れて行ってこい!朝礼のKYの内容はこれに書いてあるから。』なんて言われ、スーパーの安売りのチラシにマジックで書かれたしわくちゃな小汚い紙を渡されてさ。
『ふ、ふざけんなよっ! いきなり職長の代わりなんて出来る訳ねーだろっ! 大体なんだよこの紙はっ!読みづらくてしょうが・・』
「早く行かないと間に合わねーぞっ! いいから行ってこいっ!!」 なんて有無を言わさず言われてさ。
まぁ行きましたよ、現場に。
その現場っていうのが大型現場でさ、他の職方の数も200人ぐらいいたんじゃないかな?そんな中で皆の前でマイクを持って、KYという自分の班がどの区域で何の作業をするのか。その作業に対する危険ポイント。作業人数などを言わなきゃいけないんだけどね、オレは運転して現場に行ってるし、そんなKYの内容をいきなり覚えられるハズもないから、その親父が書いたスーパーの安売りの紙を見ながら皆の前でKYを言う羽目になってね・・。

えぇ・・・、そりゃあ皆笑いますよ・・・・。 18ぐらいのガキがスーパーの安売りの紙を見ながらマイク持ってダボダボの作業着を着て緊張しながら声を震わせてKYしてるんだから・・・。
終いにはどこからともなく 『がんばれ~っ!』なんて声も聞こえてくるしさ・・・。挙句の果てにはウチの職人も腹抱えて笑ってるしさ。 ホントにこいつら殺してやろうかと思ったよ。
まぁ、そんな困難も(困難?)乗り越え5~6年経って現場での仕事は大体こなせるようになってね。

そんな時親父とオフクロが離婚することになったんだ。


昔から喧嘩ばかりしてた夫婦だったんだけどね。オフクロが殴られてる事なんてしょっちゅうだったし、喧嘩が始まるとオレは怖くなり職人さんの住んでる平屋に逃げ込んでいた。
一回オレが小学2年の時にオフクロがオレを連れて家を出た事があったんだ。親父が仕事に行き、オレも学校へ行こうとするとオフクロが、「シンヤは今日学校休んでいいから!」と、急に言いだし、オレは(なんでだろう?)と思いながらも学校が休みということだけで浮かれていた。
いきなり引っ越しのトラックが現われ、オフクロが「向こうでお父さん待ってるから!」と言い、黙ってそのトラックに乗って行った。 着いたのは六畳一間のボロアパートだった。「今日からお母さんと二人でここで暮らすからね。」と、いきなり言われ泣きじゃくるオレ。
当時はオフクロに暴力を振るう親父でも、たまに優しい親父が好きだったし、親が離婚するなんていうのはとても悲しくて嫌だった。
でも、オレはどうする事もできず、黙っていじけながらそこでオフクロとの暮らしを始めた。
その時は学校へも行かなかった。 黙って出てきたから親父も躍起になってオレ達を探していただろう。もちろんオレの通っている小学校へも連絡は入れてると思うし。 お袋にも「違う小学校に入れてあげるからもうちょっと待っててね。」と言われ、オレも、『うん。』と言うしかなかった。
お袋が仕事にでている時はずっとテレビを観ていた。何故か今でも覚えているのだが、【どろろん閻魔くん】(再放送かどうかは分からないが) というアニメが夕方放送していて、オレは夢中で観ていた。 しかし観終わると寂しさが急に込み上げてきて、玄関の外でお袋が帰ってくるのをひたすら待っていた。でも、オフクロの歩いて帰ってくる姿が見えると急いで家に入り、普通に『あっ、お帰り~!』なんて言ってオレもお袋に気を使っていた。
今考えるとお金もなかったんだろうな、近くに定食屋さんがあったのだが、「シンヤ何食べたい?」とお袋が言うと、オレは何も考えず『生姜焼き定食!!』なんて笑顔で言い、お袋はいつも頼んでくれた。 でもお袋は何も食べないので、『お母さんは?』と言うと、「お母さんはお仕事の所で食べさせてもらったから大丈夫!」と、言っていつも食べなかった。 
日曜日になると、オフクロは「シンヤ、バドミントンやろう!」と言ってオレと遊んでくれた。
学校にも行ってないから友達もできないし、住んでいる場所さえ分からないのだから友達なんて出来る訳が無い。
そんなオレを不憫に思ったんだろう。オフクロは休みが出来ると1日中オレと遊んでくれた。
 
そんな暮らしが半年ほど続いた時だったろうか、いきなり親父がオレ等の前に現われた。 

続く。 

今年もヨロシクです!

Posted by 友進 on 09.2012
Category : 友達
どうも、明けましておめでとうです!

去年の暮れにPCがぶっ壊れやっと復活です!(エロいのばっか観てるからだな・・気を付けます・・・。)
今年も読みづらいブログですが、色々書いていきますのでヨロシクです!

そんなこんなで今年の一発目は仲間達の昔の写真で幕開けです!
中学生のヤンキー時代から18歳~20歳ぐらいの頃のギャングスタ気取りの写真ダス。
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エグい・・。エグすぎる・・・。真ん中の彼女は幼少期に何があったのだろうか・・。



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ええいっ、もうやめるんだっ! いったいどうしちまったっていうんだ。君は十分綺麗だし心の綺麗な娘だって事は十分分かっているつもりだよ。でも・・でももう一度だけあのハイヒールでオレを踏みつぶしてくれないか・・・



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可愛い~。やっぱこうでなきゃいかんなっ、日本の女子は! う~ん、まるで浜田麻里を思い出させるその笑顔。 この前向かって右の娘にバッタリあったら三人の子のお母さんになってました。 う~ん、素敵だ・・・。



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オレと保育園から小、中学校。そして今でも友達のナオト。 た、頼む・・。その目でオレを見ないでくれ・・・。(笑)  でも今のオレの一番の良き理解者であり、最高の友達です。


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ここで問題です。 この中で一人だけモノホンになってしまった人がいます・・・。さて誰でしょう?


答え。  こんな写真を乗っけているのがバレたらオレがヤバいので言えません・・・。(汗)



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ゆけえええぃっ!風よりも速く駆け抜けろ~っ! しかしバイクに乗っている友達は野菜が食べれません。



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スペシャルローリングサンダ―マッドネス一号。(いつまでも色あせないで仕様)
別にふざけてた訳ではありません。



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ここからが18歳~の写真。 ちょうどヒップホップが流行り出し、ギャングスタブームに。服装もディッキーズのチノパンに靴はアディダスと、皆同じ服装をしていたんだよね! 立っている彼はアメリカに渡り、グラフィティの勉強をして日本に帰ってきてTOMI-Eという名で今でも日本で活躍している。



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皆結婚して今ではいいお父さんです。 



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向かって左のナイスルッキングガイが同級生のケイイチ。独身を貫いてきたが今年とうとう結婚するそうです(笑) ご愁傷さまです・・・。



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向かって右が先輩のトウ君。今でもカッコいい先輩の一人だ。





以上です! ちなみにオイラ、今行っている現場が立川なんだけど、なんと我らがゲッツ板谷さんのワルボロの舞台である中学校のすぐ近く!
近日中に笑える写真撮ってきまーす!





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