スポンサーサイト

Posted by 友進 on --.--
Category : スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

親父とオフクロとオレの話。4

Posted by 友進 on 26.2012
Category : 家族
「親父、 これにオフクロがサインしてくれだってよ・・・。」

『何だ!? あぁ、これか。 車の運転席にでも置いとけや。こんなもん後でサインして渡しといてやるから!』

親父はそう言うと、何もなかった様に他の職人と喋りだした。 
都合の悪い話だといつもそうだった。 この頃にはオレも親父の所で職長として何年も動いていたので、現場での不都合や他の応援代の支払いの催促の電話などがオレのとこに直接掛かってくるようになっていた。
その事を親父に言う度に 『分かってるよ!後で俺が電話しとくから!』などと言って、誤魔化す事がしょっちゅうだった。
オレも、もうそんな親父に疲れていた。

「なぁ、今サインしろよ。 どうせまた誤魔化してオフクロ殴って黙らせるんだろう?」

『後でするって言ってんだろうがっ! 誰がいつも誤魔化してるんだっ、大体お前もまだ半人前のくせして・・』

親父っ!!!! もういいべ・・・。 もうオフクロも疲れたってよ。 オレももう疲れたよ・・。」

『・・・・。』

「オレももう親父のとこ辞めて自分でバラシ屋やるよ・・。 悪いけどもう一緒にやれねーよ・・・。」

『か、勝手にすればいいだろうっ! 紙よこせ、今すぐサインしてやっから!』

こんな親父でもガキの頃はオレも(お父さん)と言って親父になついていた。 
現場で生意気な事を言う監督を「この野郎!ナメタ事ぬかしやがってっ!」と言ってバールを持って追いかけ回す親父がとても強く思えた。
歳を取っても現場でシャブ中扱いされるぐらいパワフルに動く親父をとても尊敬していた。

でも、オレもオフクロももう駄目だった。
そしてこれが親父との最後の会話だった。

後に親父の知人に聞いたのだが、この後親父は静岡にいるという愛人の家に住み着いたらしいが、そこでもうまくいく訳でもなく家を追い出され、今はどこに居るのか分からないという。
まぁ、あの親父の事だから何処かで元気にやっている事だろう。
そう願う。
あんな親父でもオレをここまで育ててくれた親父だ。
親父に一言。  ありがとう・・・。 あっ、でももう現われないでね!

次の日からオフクロは、かつてから相談していた八王子市役所の助けを借りて高知県に住む事になっていた。
離婚届けを出してもいつ親父が戻ってくるか分からないからと、前々からそういう段取りを進めていたのだ。
でもこの時点で、オフクロは親父に対する恐怖で精神的にもかなり病んでいた。
オレの方も自分で仕事を始める準備はもうしていた。
かつてから他の二人の友達を誘ってバラシの仕事を教え、オレはその友達と三人で自分の会社を作る準備はしていた。会社といっても始めは個人からの出発だったが。

そしてオフクロが高知に出発する日の朝、市役所までオフクロを車で送った。
高知に行く事は、オレとその当時から付き合っていた今のオレの嫁しか知らなかった。それほどオフクロは親父を怖がっていたのだ。
「気を付けてな、なんかあれば電話くれよ。高知なんてすぐに行ける距離なんだから。」

『うん。お母さん多分少なくとも三年ぐらいはあっちに居る事になると思うから。 シンヤも元気にね!薫さん(嫁)と仲良くするのよ! お父さんみたいになっちゃダメだからね!』
オフクロは泣いていたが、笑いながら言った。

「なる訳ねーだろう! オレは大丈夫だから。まぁ、体だけは気を付けろよ。」

『ありがとね! じゃあお母さん行くからね。 シンヤも頑張るのよ!』
そう言うと、迎えに来た職員と一緒に行ってしまった。
荷物を抱え歩いていくオフクロの後ろ姿を見た時、涙がでてきた。
別に永遠の別れって事でもないし、電話でもいつでも話せるんだけど、一緒に居てあげられないという気持ちだろうか。自分でもよく分からなかったが、涙がでてきた。そしてオフクロに何もしてあげられない自分の不甲斐なさに腹も立っていた。


こうして親父とオフクロとオレの三人はバラバラになってしまった。
でもここからオレは自分の新しい生活をスタートさせる事になったんだ。 個人だけど仲間と一緒に自分達の会社を作り、気持も高ぶっていた。
しかし、そう簡単に事が進んでいくわけでもなかった。
オレの名字は豊野というのだが、これがまたなかなか周りにはいない名字なのだ。
豊野というのはオフクロの方の名字なのだが、親父と一緒になる時に名字を変えてしまうと豊野を継ぐ者がいなくなってしまう為、親父が婿に入るという事になったらしい。 なので親父とオフクロが喧嘩するといつもオフクロが『豊野の名前を散々汚して!!』などと喚いていた。
なのでオレが独立し営業で仕事を取りに行き名刺を渡すと、『あれ?君って豊野さんの息子さん? 仕事取り来る前に親父さんにお金返してって言っといてくれない?』などと言われたり、『あの親父さんの息子か~、考えとくよ。』と言って軽くあしらわれたりすることはしょっちゅうだった。
なので最初は本当にに大変だった。建設の業界はホントに狭いので、オレみたいな珍しい名字&あの破天荒な親父の影響でそう簡単に仕事が取れる訳でもなかった。
まぁ、親父のせいばかりでもなくオレもまだガキだったし。
最初は支払いが間に合わず、アイ〇ルやタケ〇ジなどの金融をハシゴして給料を払ったり、車検台が払えないので、車検切れの車を仕事車にしてたりと、本当に大変だった。
しかしなんとか周りの助けもあり頑張ってるうちに仕事も取れるようになり、従業員も当初の3人から一時期は18人まで増えた。
会社も個人から法人にし、自分の給料もそこそこ取れるようになった。そしてオレも結婚し、いつもオレを支えてくれる奥さんと可愛い3人の子供に恵まれた。 オフクロも高知から帰ってきて、また八王子で暮らすようになった。
この間の七年間は大変な事もあったが自分なりに充実した生活を送っていた。

しかしここからがオレの本当に大変な時期に突入することになるのだ。


パソコンでオナニーのネタを検索中にパソコンがフリーズしてしまい、画面が五十路のおばさんのイキ顔に・・。小1の息子のせいにしたらカミさんに本気でビンタをくらい、本気でヘコみながらも次回に続く・・・。
スポンサーサイト

Comment

いつも楽しく読ませていただいてま~す(^○^)

ありがとうございます。_(._.)_

次回もヨロシクお願いいたします。
2012.02.26 23:38 | URL | マジ・デ・メタ・ボ #- [edit]

Post comment


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://loud05.blog.fc2.com/tb.php/55-d2ea7805
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。